挨拶

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2010年5月31日月曜日

5/18,25 火曜3限「日本文化概論」

言語にも政治が潜んでいる
日本語を東南アジアに強制し、日本語で書かれた当地人の日本語文学

いつの間にか「知っているべき」国と「知らなくてもいいような」国の共通理解がある。

西洋
男、総合的、理性的・合理的、客観的
強い
東洋
女、断片的、感性的・直観的、主観的
弱い

生産性の高さ
沖縄の海がきれいでいてほしい≒沖縄はいつまでも田舎でいろ
差別を生みだしているのはヒューマニズム
人が人を助けるのは自分のほうが強者であるという認識から→相手を弱者と認定する

答えをほしがるのは知的な弱さ
答えをほしがることは思考停止を生む

エジプトと言えばピラミッドである
現在のエジプトではなく、数千年前のエジプトにしか興味はないということ

地中海文化県共通の文化は『料理のベースがトマト』byイサム氏
満州は日本のオリエントだった
「満州に行けば土地がある」日本の農民の欲望を満州に投影

discourse space 言説空間←民主主義の言説
discourse(ディスコース・ディスクール):言説
  1. 自明の理
  2. 説得の様式
  3. 諸表象の編成規則

表象する、される側に権力関係(差)がある
オリエンタリズムは個人の中にも存在するが、個人から発生するわけではない
オリエンタリズムは近代の問題

5/25
代表する リプレゼント=表象する
ブリュメール18日

筆者の思いは筆者にしか分からない。
作品と筆者は関係ない

2010年4月22日木曜日

4/20 火曜3限「日本文化学概論」

ディスタンクシオン(distinction)卓越性

身分差←お互いを「吐きそうだ」と思う”内臓的な堪え難さ”
分不相応
成り上がり者
趣味は必ず自分の手の届くもの
「その趣味が好きな自分」が好き
自己愛 そうなるように仕向けられる。
自分の手の届くものしか、人は愛せない
「あなたの趣味は?」という質問は「あなたの出身階級は?」という問いと同義。
カルチュアルスタディーズ:文化研究
学歴
「理想の体型」ギャップ?
理想を求め、理想に縛られる
人は手の届く範囲のものしか愛せない
手の届かないあらゆる可能性を夢想のものとして排除した結果、「君と出会う」!
女優やアイドルには手が届かない。自分の手の届く範囲で理想に近い相手を探し、出会うということ。

2010年4月17日土曜日

4/13 火曜3限「日本文化学概論」

オリエンタリズムと日本文化論1 -「文化」の語りと近代



1、文化とは何か


高尚な「文化」、庶民的な「文化」、どちらも同じ文化である
「文化」とは、「差別化の装置」である(文化の基礎理論)

文化は
identifyに深くかかわる(文化は自己と他者を差別化する)
目に見えない規制力を持つ(文化は自主規制を要求する)←「わたしは良識ある市民である」また、外部規制とはなじまない

2、「日本」をめぐる問題


「日本人は桜が好きだ」
日本人以外を桜の好みから排除する思考
日本人は皆一緒とする思考
自分もその一員であることの確認
桜の好きな「外人」の隠ぺい

*日本人的同質性の語りは、
外向きには「日本人」による「外人」の排除として
内向きにはアイヌも沖縄も同じ日本人として隠ぺいする機能を持つ
(日本人というくくりは1900年ごろ成立)

3、「日本文化論」の虚妄性


歴史的限定性
例:武士と農民は同じ「日本人」であるという認識を持っていない

国風文化は「日本」文化か?
国風文化は貴族文化であり、現在の日本人の中で貴族の子孫は少ないが、今我々は国風文化を自己のものと認識する

「日本」をひとつのまとまりで語ることの危険性
内部と外部を同時に創り出す議論である
「わたしとあなた」の対立がたとえば「日本人と中国人の対立」として描かれる

ナショナルアイデンティティとセルフアイデンティティを混同する事(わたしとあなたという個人を日本と外国という国家にすり替える)によってしかこれらの議論は成立しない
(強い求心力──自ら「日本人」になる罠)

ある文化を考えるとき、それが日本のものか中国のものかは関係ない!