挨拶

2008年2月7日木曜日

詩「鍵盤」

彼女は崩れた家の一つにピアノがあることに気が付いた。

彼女はピアノを弾いた事は無かったが、崩れかけ、屋根が無くなった部屋の中で、ピアノの前の椅子に座った。

鍵盤に指を置く。
 
降り積もった塵のせいで、澄んでいるとは言えない、震えた、どことなく悲しげな音がした。

弾けるわけでも無いので、彼女は鍵盤を適当に叩いていた。
 
その時、誰かがやって来た。
その青年は、ピアノを貸してくれ、と彼女に言った。 
彼女は椅子から降り、青年にピアノを貸した。
 
青年は、悲しげな音の出るピアノでジャズ・スタンダードをボッサ・ノヴァで弾いた。

曲調もテンポも明るいのに、悲しげなピアノの音は、何処までも悲しげだった。

青年はピアノを弾きながら歌った。
 
彼女には英語の歌詞は分からなかったが、所々分かる単語からすると、どうやら恋の歌らしかった。
 
恋の歌をボッサ・ノヴァで弾いて、屋根の無い青空の見える部屋で聞いても、そのピアノの音は、どこまでも悲しげだった。

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